「油かけ事件」と仏教の「水と油」な関係…?


今年の4月から5月にかけて、日本中の寺社仏閣を大騒ぎさせた
「油かけ事件」。関西を中心に全国数十カ所の社寺に謎の油が
撒き散らされ、その被害は国宝や重要文化財に指定された
貴重な仏像、建築物にも及びました。

「いったい、誰がなんのために!?」と怒りと注目を集めていましたが、
6月になって、とある宗教団体の関係者に逮捕状が出されていること
がわかり、さらに大きなニュースになりました。

この人物は海外在住ということでいまだ逮捕には至っていないよう
ですが、犯行の理由がまた不可解で、「日本の悪魔の拠点に、
聖なる油を撒いて清めた」というようなことを公言しているようで…。

意外と知られていませんが、日本の法律には「礼拝所不敬罪」と
いうものがあって、お寺、神社、教会やお墓など、人々の信仰を
集めている場所で不敬な行為を働くことは厳しく罪に問われます。

それでなくとも、歴史ある日本の寺社を「悪魔の住処」とは、
一般的な感覚では理解できないですよね…。

犯人の身勝手な理由はひとまず置くとして、「油を注ぐ」という
行為に宗教的な意味をもたせることは、世界では古くから行わ
れていました。

古代のイスラエルでは、司祭の就任や王様の即位にあたって、
額に油を注ぐ儀式が行われていたことがわかっています。

この「油を注がれた人」をあらわす言葉が「キリスト」。

つまり、イエス・キリストというのも本来「油を注がれた者」という
意味や使命を授かった方という意味なのかもしれません。

そして油を注がれた王や指導者をあわらす「キリスト」という言葉が、
「救世主」をも表すようになっていったのですね。

実は仏教にも「注ぐ」ことに大きな意味のある儀式があります。

その儀式は「灌頂」(かんじょう)というのですが、仏様とご縁を
結び仏弟子となる入門のときや、僧侶が高い位に就くときなど、
折に触れ頭に香水を注ぐ灌頂の儀式が行われます。

灌頂は、お釈迦さまが誕生されたとき、これを祝福して龍が
天から甘露(甘い雨)を降らせたという伝説がもとになって
いるともいわれています。

灌仏会で誕生仏に甘茶をかける、あの行事と同じ起源だ
というわけですね。

また、古代のインドでは王様の即位にあたって、インド四方の
大海の水が運ばれて、王様に注がれるという儀式がありました。

これによって四方、つまり全世界を治める資格を得たという
宣言であり、これが仏教に取り入れられて灌頂の儀式に
なったとの説も唱えられています。

どちらにせよ、灌頂はいまでも大切な意味をもった儀式として
伝えられているのです。

水と油の違いはあれ、洋の東西で同じような儀式が行われて
いたというのは面白い共通点ですね。

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