本涯を辞す



弘法大師空海が唐から持ち帰った国宝などを展示する
大遣唐使展」が、奈良国立博物館で開催されていますね。

遣唐使の派遣は、630年に始まり、894年に菅原道真に
よって停止されるまで続きました。

派遣回数については諸説あるようですが、弘法大師空海が、
留学僧として遣唐使に随行し、唐に渡ったのは804年の
31歳のときでした。

そのときの遣唐使は、4隻の船で渡っていましたが、想像を絶する
ほどの危険を伴いました。船といっても写真のように今の
造船技術や航海術と比べれば、おもちゃみたいな船です。

そのために4隻の船のうち暴風雨に遭って、中国にたどり
着けたのは、空海が乗船した第一船と、最澄が乗船した第二船の
2隻だけでした。

まさに命がけの旅です。

空海は、寄港地であった五島列島の福江島を後にしたときの
その様子を、「辞本涯」(本涯を辞す)と記しています。

つまり「命をかけて」出発し、「日本の最果ての地を去る」という
ことです。

その先には、経験したことのない苦難が待ち受けていることを
覚悟していたのでしょう。

私たちは、命をかけてまで、自分の考えを成就させようとして
いるのでしょうか?

人間「空海」を始め、遣唐使として活躍された「求道の決意」に
思いを馳せると、改めて反省と覚悟がみなぎります。

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3 Responses to 本涯を辞す

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