身近な仏教用語



前日にアップした熊本城のブログを見た知り合いの方から、
高速道路大渋滞とのメール・・・。東京から車で九州に
いくそうです。

高速道路で「立ち往生する」なんて言いますが、立ち往生という
言葉の由来は、弁慶が無数の矢を受けて、立ったまま往生したこと
から出来た喩えです。

そこから転じて、動きがとれなくなった場合に使われますが・・・。

「往生」は、もともと仏教で使われる言葉で「悟りを開いて仏になる」
という意味です。

あるいは連休中は混雑を避けて、自宅で「読書三昧」なんていう方も
いるかもしれません。

この「三昧」も安定した境地をさす仏教用語。

「無我」なんてのも仏教用語。
無我夢中、なんて使われ方をしますね。

我意やこだわりのない無心な境地ですが、無我夢中になってしまうと
かえって「有我」になっちゃいます。

「嘘も方便」なんて言葉がありますが、もともと「方便」というのは、
悟りの世界へ導くための仏教的便宜的手段のこと・・・。

嘘は、もちろん悪いことだけど、使い方によっては物事の潤滑油にも
なって、毒も、使い方をうまくすれば薬になるのと同じことかも?

仏教が、持つ深い柔軟性をよく表した言葉かもしれません。

日常的に日本語を話していて、案外と無意識に仏教用語が
使われているみたいです。

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