戦没者供養その3 「水中供養」


チューク島は、日本の軍事戦略上の基地として太平洋の重要な
ポイントにあったために、前日のブログのようなアメリカ軍の
大空襲をうけたのです。

昭和19年2月、日本軍はアメリカ軍の空襲を察知し、主要艦船は
空襲前にチューク島を離れましたが、出遅れた輸送船、タンカー、
貨客船、軽巡洋艦、駆逐艦などが攻撃を受け、40隻以上の艦船が
沈没したそうです。

皮肉にもそれは、沈船スポットのメッカとして世界中からダイビングの
愛好者が集まってきます。

チューク島の海底は、自然の戦跡公園とも称され当時の戦争の悲惨さが
ストレートに伝わってきます。

午前中には、水中供養の予定です。おばあちゃんからお預かりした
大日如来を安置してご供養をすることに・・・。

とはいうものの、この時期は貿易風が強く、海上は白波が立って
いるではありませんか・・・。

減圧症の危険性があるので帰りの飛行機の都合もあり、あまり深い
ところには潜れないしと、不安に思っているとガイドの末永さんが
迎えに来てくれました。

「大丈夫ですよ!春島と夏島の間では、風もしのげるし浅瀬で沈船も
ありますから」と納得の説明。

ここでも日本の名前がついていますが、春島(モエン島)は、チュークの
中心地で国際空港や和尚が泊まっているホテルがあります。

夏島(デュブロン島)は、日本統治時代の中心地で、ボートで15分くらいの
距離にあります。島には小高い山があり「富士山」と呼ばれていたとか・・・。

現地の方のボートを借りて出発です。しかし~~フルスロットルで
白波に激しバンドを繰り返しながら、ちょっとスリリングですが・・・

「助けて~~」

この程度は当たり前みたいで、そんな悲鳴も貿易風とエンジン音に
かき消されます。

しばらくすると、富士山が見えてきて波もウソのようになくなりました。

この下には、「駆船艇ススキ」が沈んでいます。
準備をして「大日如来」をもって海の中へエントリー。

ところがなかなか沈まない・・・。久しぶりのダイビングなので、
脂肪が多くなってしまったのか、やり方が間違っているの??

ところがとんでもないミス!!ウエイトベルトをつけていなかったのです。

ガイドさんがあわててベルトつけてくれて、沈む沈む・・・。

100メートルくらいの船ですが、無数の魚やカラフルなソフトコーラル、
スポンジなどが船体に群生しています。

エンジンルームやデッキ、スクリューなどは、はっきりと船の形を
確認できます。
(動画はコチラ)
http://www.youtube.com/watch?v=5PUeldCyXf8

ここに大日如来を安置して、ご供養の開始です。
この大日如来、陸上の時は気づきませんでしたが、気のせいか
水中で金色に輝くのです・・・。

水中での供養はなかなか大変です。なにせ白波が立つくらいの
海ですから、水中もかなり揺れるのです~~~。

お経に集中したかと思えば、おっと~~体が流され意識が低下・・・。
そんな繰り返しです。

肘と膝で体を押さえますが、力が入っていないと体が傾いてしまうので
どうしても意識よりも体に意識が向いてしまいます。

それでも何とかご供養を終えてエキジット・・・。

トラック環礁の遺骨の収集については、厚生労働省が終結を
宣言しています。

しかし、この海には、まだまだ遺骨が収骨されていない人も
多いといいます。

しかも、チップを払い、その遺骨を見せ物にしているガイドや
ダイバーもいるとか・・・。

この海域には、たくさんの破壊された船のあとがたくさんあります。
ここでは、戦没者のご供養が、まだまだ足りないのかもしれませんね。

 

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2 Responses to 戦没者供養その3 「水中供養」

  1. kekeko のコメント:

    風祭ブログに紹介させて頂きました!
    こんばんは!!
    かなり海況の悪いときに潜られたんですね。波頭が立っている時は、水中のうねりもかなりなもの。よくご供養が出来たと感心しています。

    海中で、戦争の遺産を見ると、戦争を知らない世代の私でも涙が出てきます。一日も早く祖国に戻してあげたいですね。合掌

  2. 和尚 のコメント:

    kekekoさま
    ご紹介ありがとうございます。

    このときに小田先生のMご住職の訃報を
    知らされました。
    いろいろな意味でドキドキしてしまいました。

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