仏教に帰依した天皇たち



長谷寺は西国観音霊場の第八番です。この霊場は花山法皇が
開かれたと伝えられています。

法皇とは、天皇が引退後に上皇となって、仏教に帰依し、
出家したのちの呼び方ですね。

花山法皇とか白河法皇が有名ですが、歴史家は、このお二人の
法皇に関して、いろいろと説を語っています。

花山天皇は、もともと出家の気持はあったけれど、最後は
藤原一族にそそのかされ、振り回されてお寺に入った・・・。
これでは、なんか天皇には主体性がなかったみたいです。

白河法皇は、上皇になってからも院政をしき、藤原摂関家も
押さえ込んで権力をふるった?出家をしても受戒に熱心で
なかったとか。これでは、なんかワンマン君主みたいです。

もちろん歴史は、史料・文献をもとに研究されたことで、
ある事実を汲んでいることでしょう。

でも、それらは、ほんの一部分のことであって、お二人とも、
いろいろと悩みや、苦しみや、悲しみがあったはずです。
朝廷のトップとしていらっしゃるのであれば、なおさらです。

お二人とも最愛の妃を早くに亡くしています。
白河法皇は、位をゆずった堀河天皇に先立たれています。
力比べの渦まく朝廷のなかで、貴族たちとの兼ね合いに気を
使っておられます。

だからこそ、不条理の多い世の中で、不動の「ほんもの」を
説く仏教の教えに心を寄せたのでしょう。

人の心は、外からは、なかなか分からない。悲しみをそっと
奥底にしまいこみながら、一所懸命にがんばっている。

苦しいからこそ、よりどころを求め、みんな心を寄せ合って
生きているんだと思います。

ちなみに白河法皇は、難路をものともせず、熊野詣や高野山詣を
何回もされました。

花山法皇は、山に入って修行をし、各地のお寺を巡拝して、
それぞれの聖地のすばらしさを和歌によんでいます。

花山法皇が、札所巡礼のときに納める「御詠歌」の始めと
いわれるゆえんです。

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