仏を感じる



「最近、仏教に、はまっている」と、友人から電話が
ありました。京都に行き特別拝観のお薬師さんの仏像を
お参りして、心を動かされたそうです。

最近は、仏教の入門書を読んだり、地元のお寺の法話会に
参加したりしているそうです。

「仏教の教えは、知れば知るほど深くて、興味が尽きない」と
いいます。どうやら彼の生活のなかに、新しい世界が開けて
きたようです。

もともと彼は、寺社に参拝することには熱心でした。一緒に
旅行したこともあるのですが、お寺や神社を見かけるたびに
志納し、お賽銭を上げていました。宗教法人の掛け持ち人の
ようでした。

「なかなか奇特で、敬虔なやつ」と感心していたのですが、
あるとき「ところで、お寺と神社って何が違うの?」と
聞かれ、唖然としてしまいました。

お寺と神社の違いを知らない人は意外に多い、とは聞いて
いました。しかし彼は、なかなかのエリート・サラリーマン
なので、まさかと思っていましたが、「やっぱり」と、
思ったことを覚えています。

そうです・・・。彼は仏教や神道の「教え」には関心が
なかった。自分の利益だけが目的で、神さま仏さまに
一所懸命、手を合わせていたわけです。

それはそれで、まったく悪いことではないのですが・・・。

でも、今の彼は違います。
ほんとうの仏の教えとは何か、仏教の精神で生活するとは
どういうことか。色々なことを理解し、自分だけでなく、
みんなの幸せも願ってお寺に参拝しています。

彼の、ふだんの生活は多忙です。会社では仕事を山ほど
抱え、休みの家族サービスも欠かしません。酒も飲めば、
遊びも激しいです。

その中で仏教の本をめくり、月に一度、お寺にお参り出る
という時間ができたと言います。

そこでは、流れ流されそうな時間を止めて、何が大切なのか?
何が必要なのかを省みる時間になっているとか・・・。

今年の年賀状で出家をしましたという方が、2人もいました。
「仏門に入る」そこまではいかなくとも、仏教的な生き方を
することは誰にでもできることです。

その転機は、どこに転がっているか分かりません。
病気になって、あるいは事業に大失敗して、生き方を見つめ
直した人もいるでしょう。

彼の場合は、偶然にも(たんなる偶然ではなく、仏さまの
導きだったのかもしれませんが)、ある仏の御像を拝した
ことでした。

仏教で説く真理を「法」といいますが、法の世界に入って
いくきっかけは様々なのです。よく「八万四千の法門」などと
言いますが、仏法への入り口はたくさんあって、どんな
きっかけが待っているか、それは分かりません。

しかし、なんでも、いいではないですか。

理屈ではない「仏を感じる」ことの素晴らしさを、
あらためて彼から教えられました。

写真は、原賀欣一郎さんの作品です。和尚の寺で「仏さま
コンテスト」を行った時の入選作です。
詳しくは、こちらから

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