火の力、畏敬の念



密教寺院で修められる護摩供の儀式。

火の力によって災いや煩悩を焼き尽つくし、福や幸を
招くという修法です。

ほかにも火祭り、お松明、どんと焼き、大文字焼きなど、
人は火に、特別な力をみています。

東京はもうすぐお盆ですが、ご先祖さまを迎えるために
迎え火や、送り火も焚かれます。

これも炎や煙に乗せて目に見えぬ世界に運んでいただき、
その功徳にあずかろうとしたのでしょう。

火は、人智を超えた特別な作用ひとつ。

その火を使えるようになったとき、人類はいろんな面で、
格段に生活を豊かにすることができるようになり、文明を
発達させることができました。

ところが人間は、自由自在に使えるようになってくると
「慢心」という心がでてきます・・・。

でも、なかには、いっそうの働きや大きさを、ありがたく
謙虚に受け止める「こころ」を持つこともできます。

驕慢になるか、畏敬の念を抱き続けるか・・・。

護摩祈祷に参拝する人々の多くが、一心に祈る姿をみて
いつも思うことです。

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4 Responses to 火の力、畏敬の念

  1. kure のコメント:

    迷いの中で
    28日に護摩のご祈祷を頂きました。
    普段は煩悩いっぱいですが、その時だけは
    無心になって敬虔な気持ちで手を合わせている
    自分がいます。
    時々ではなくて、時間の許す限り仏さまに手を
    あわせていきたいと思っていますし、そんな
    自分が好きです。

  2. フードアナリスト食人 のコメント:

    陰と陽
    傲慢と畏敬は表裏一体なものですね。ありがたい。おかげさま。と言う気持ちを抱いていると傲慢にはならないですね。和尚さまが言われた大宇宙に比べればこの世の中は魑魅魍魎なものなのだから。感謝合掌。

  3. 和尚 のコメント:

    kureさま
    「そんな自分が好きです」というフレーズは、
    ナイスな言葉ですね
    これからもご精進くださいね

  4. 和尚 のコメント:

    フードアナリスト食人さま
    政治も大混乱しているみたいですね~~。
    「本音と建て前」そんな暑い夏を迎えそうですね。

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