黒川紀章の遺言



先日亡くなられた建築家・黒川紀章さんの菩提寺である梅窓院
では、毎月文化講演会を開いています。ちょうど10月20日に
黒川氏を迎えて「ともいき仏教から共生の思想へ」と題する
講演会が計画されていました。

これからのお寺の建築を考える上で、何かのヒントがあるかと
思い、興味もあったので参加をお願いしていましたが、
もちろん中止になってしまい残念でした。

以前に黒川氏が設計した東京・銀座の「スパッツィオ・ブレラ
ギンザ
」で、トークショーを聞いたことがあります。

そこはガラスのドームに覆われていて、夕暮れにはネオンが
灯り、さまざまなドラマが始まる銀座の風景が広がっています。

なんだか近代的な建物の中で、彼は「これからは生命と情報の
時代がやってくる。建築という手法で生命について追求して
いこうと思っている」と、いうような真逆な発想を言っていた
ことが、とても不思議な印象として残りました。

晩年には、「共生新党」なる組織を立ち上げてしまうくらい
「共生の思想」は、黒川氏が到達するべき哲学だったのかも
しれません。

そもそも「共生」なる言葉は、仏教の「ともいき」と「共棲」
の言葉が結びついた造語でしょう。

「ともいき」は、仏教学者で大正大学の学長や大本山増上寺の
門主を勤められた椎尾弁匡(しいお べんきょう)大僧正の
言葉で、師は若い頃に自ら勤める学校の授業で生徒たちに仏教
の教えとして、厚く「ともいき」を語ったそうです。

願わくは諸々の生きとし生けるものと共に安楽の世界に生きん・・・

師の生徒であった黒川氏は、その影響を受けて「共生」という
一つの答えを建築の中から見つけ出したのかもしれません。

考えて見れば、20世紀は急速な近代化の時代だったと思い
ます。
ITを始めとする通信情報技術と国際的なネットワークが、
建築に関わる要素が大きく、とにかくMAXなもの立派な高い
ものが、大切な価値観であったように思います。

あるいは、障害者や高齢化社会におけるユニバーサルな
建築のあり方も、それなりの成果が見られます。

しかし、これからはエコとか環境とか言うようなことは
当たり前で、「未来の世代の可能性を阻害することなしに、
現在の必要性に合わせる建築」が求められているのでしょう。

しかし残念ながら、それに対する答えはでていない・・・。
そこに黒川氏が「共生」という言葉を借りて表現しようして
いたのかもしれませんね。

相変わらず和尚の寺の隣では、何のポリシーも感じない
首都高速の大規模な道路の公共事業が続いていています。

「モノを作るのではなく、自我を主張しない〈意味〉ある
ことを創ろうとする意図」が感じられる建築が、これからは
望まれているのかもしれません・・・。

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