毒矢の例え



総業が宝永4年というから300年の歴史を持つ赤福。
「伊勢みやげ」というけれど、関西方面の方から定番で
頂くお土産の一つだ。

この問題が起きる1ヶ月ほど前に、伊勢の本店で頂いて
しまった。五重鈴川を眺めながら、一皿に3個の赤福は
きついけれど、おいしく、の~んびりと完食・・・。

ひょつとしたら最後の赤福かもしれない??

いまの日本には、嘘・偽装・ねつ造・改ざん・責任転嫁の
オンパレードだ。

横並びの「申し訳ありませんでした」と、頭を下げる場面が
日替わりで見ることができる。

数年前に「公益通報者保護法」ができて、内部告発する人が増え
たことで、嘘が通用しない社会になりつつあるのか?

「誰がリークした・・・」組織の中では、そんな犯人捜しも
大変なんだろうと推測してしまう・・・。

お釈尊さまは、具体的な生き方を説いた人である。
立前とか理論だけで理解しようとしても「苦」を乗り越えて
生きることは出来ない。そんなお釈尊さまの考え方を示した
ものに「毒矢の例え」がある。

「ある人が毒矢に射られたとする。すぐに治療しなければ
ならないだろう。ところが医者にかかる前に一体この毒矢を
射た人は誰か・・・?」

「どんな名前の人か?身長は?どんな顔の人?どこに住んでいた?
どんな弓で射たのか?どんな矢じりがついていたのか?どのような
毒なのか・・・・?と、言ったようなことを追求していたら、
結局その人は死んでしまうだろう。」

「いま一番しなければならないことは、その毒矢を抜いてすぐに
治療をすることだ」と、弟子に話されたとか。

お釈迦さまの教訓として、見失なわないように心がけたいと思う。

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