祥月供養



昨日は先代住職の祥月供養でした。
亡くなって4年目ですが、何だか遠い昔の
ような気もしますし、昨日のような感じも
します。

雨にもかかわらず、この日にお参りくださった
方々もおられて、本当にありがたいことでもあり
先代住職の徳かなと思います。

先代の住職は、72歳の時に住職はもちろんの
こと宗派の要職や調停委員などのすべての役職を
やめて引退すると言い出しました。

「自分に残されている命の灯りが、どのくらい
あるか、わからなけれど、その灯りが灯っている
間に好きなことをしたい」というのが大きな
理由でした。
それから、すぐにこんな車も買って全国をドライブして
おりました。

いくらしたいことがあるとはいえ、今までの地位や
自分がやってきた存在を、自らの意志でリセットする
ことは勇気がいることです。

人によっては、変わっている無責任という方もいま
すが、身近で見てきた子どもとして弟子としては、
立派な決断だと思っています。

そのあとを和尚が引き継いだわけですが、院政を引く
わけでもなく、私のやることには、一切文句や小言は
言いませんでした。
ただ、大きな幹を誤った時だけ「私はこう思うよ」と
静かに諭してくれました。

親として師僧として自らの行動で、人生とは、仏とは
「何か?」ということを示してくれた人でした。

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