顔が見えますか?



今日は朝から心霊写真?を見せられて
しまいました。

「これって霊じゃないですか・・」
「拝んで欲しいんですけれど・・・」と若い
女性の方が訪ねてきたのです。

写真の陰影やゆがみ、光の加減なので、
それらが、すべて「霊」の存在として語られ
ます。
しかも、テレビなどのマスコミで○○評論家
という人のコメントと共に、故意に恐怖感を
作り出す演出で、私たちは、心霊写真という
ものに対して、ある種の固定的なイメージを
持っています。

赤ちゃんのころ、両親や回りに人がいなくて、
絶えず人を探していた幼少体験を持つ人は、
人を探す能力が特に敏感だといいます。
つまり1枚の写真の中にも、人の姿を見つけ
ようとする能力や感受性が高いのです。

写真の中にある種の痕跡を発見し、それが
心霊写真のイメージと結びつけて想像力が
フル回転して、それを解釈する言葉ができて、
さらに人を通して「その話が」共通の認識と
して確定していくのです。

つまり写真そのものは、供養というような形で
処分されますが、語り継がれた「話し」は、
さらに大きくなって心霊写真のイメージとして
残ってしまうのです。

トイレの花子さんもそうでしたが、「語り」とか
「うわさ」の方が本当は怖いのかもしれませんね

注意(この写真は、今回のものとは関係ありません)

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