久しぶりの自宅葬



喪主様のご意向で、久しぶりの自宅葬でした。

葬儀は「やっぱり、この形がいいなぁ」と、つくづく
感じます。

生前は家族の温かいお世話を受け、一番の宝物で
あった、ひ孫さんや血のつながりのある方々に囲まれて
自宅で息をひきとった94歳の眠るような大往生でした。

小さな花の祭壇を飾り、ご親族20名ほどの葬儀。
小さな声でも、声が届く部屋での葬儀は、親近感があって
良いものです。

ご会葬の方に気を遣うこともなく、皆さん祭壇に向かい
隣の方の感情の息づかいも微妙に伝わってきます。

自宅でお見送りや葬儀ができるということは、東京の
環境にあっては贅沢なことかもしれません。

介護や入院のお世話で経済的にも精神的にも疲れ果てた
あとの葬儀は、遺族に負担がかかるのも事実です。

でも、それも自分がどのように送ってあげたいか、
見送ってもらいたいかによって、「葬儀」は、その形を
変えます。

葬儀もしない、散骨して終わりという方もいると聞きますが、
その時は感情も高ぶっていて、また「生前の意思」なるものも
あって、それがベストだと思い行います。

しかし、「人の気持ちは変わる」ということ・・・。

あとから振り返ると、そのような葬儀や埋葬方法が良かった
のかと、悩まれる方も多いようです。

大切な人に最後にしてあげられる1回しかない「葬儀」。

「自然に帰る」などと言う美句に、海というグランドの
大きさに供養の気持ちがこめられなくなってしまった人・・・。

さまざまな葬儀、さまざまな送り方・・・。
人が死んでしまう「悲しみ」を、私たちに教えてくれる葬儀。

人は生きている限り必ず死ぬ。
別れは必ず来るんだ。

そんなことを、小さなひ孫さんも充分感じられたのかも
しれません。

そして、そこから「命の慈しみ」が、生まれてくるのだと
思っています。

大好きだったおばあちゃんが、自らの「死」をもって、最後に
教えてくれた「大切なこと」だったのかもしれませんね。

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久しぶりの自宅葬 への10件のフィードバック

  1. 関西葬祭センター のコメント:

    葬儀

    関西葬祭センターならではの低価格葬儀。大阪での家族葬10万円より生花祭壇22万円より 家族葬より社葬まで 大阪・東大阪・奈良中心に 誠心誠意まごころこめて。

  2. バナナ牛乳 のコメント:

    Unknown
    和尚さんの撮られる写真はいつ観てもいいですねー。
    空気は冷たいのだろうけど、なんだか紅葉から
    ほのかな温度を感じそうです。

    「葬儀」の最中はわりと頭が真っ白なんですが
    時間が経つにつれ、感謝や切なさや寂しさが
    こみ上げてきます。
    大人になっても葬儀から教わることは
    多々あるのだと痛感します。

  3. 葬儀

    お葬式の時は!!!

  4. 玉虫 のコメント:

    Unknown
    生まれた時から死への旅路が始まる訳でそう考えると、『豊かな生き方』とはどんなことなのだろうと考えます。…眠るように大往生…功徳をお積みだったのでしょうね。

  5. 和尚 のコメント:

    バナナ牛乳
    いろいろなことを感じたいと思っています。

    紅葉する樹木をみては、そこに光りを感じたり、
    無常を考えたり・・・。

    葬儀もそう・・・。

    一つの考えではなくて、そこから、いろいろな
    ことを感じたい、気づきたい・・・。
    何か、それが大切なような気がしてます。

  6. 和尚 のコメント:

    玉虫さま
    大往生て望んでできることではないと思います。
    少なくとも、そう思いながら、知らないうちに
    たくさんの徳を積んで、その結果にあるのかも?

    だから、ナナメって考えるより素直に生きて
    いきたいと思っています。

  7. ゆあん のコメント:

    おばあちゃん
    明日は、大好きで尊敬していた祖母の七回忌です。

    祖母の時は、自宅葬でした。

    私は まだ東京で勤めていて、仕事収めの朝 連絡が入り。 慌てて職場に寄ってから、上野駅に行って
    普段は当日だとなかなか切符が買えなかったり
    電車の時間が合わなくて、長く待ったりするのに

    その日は、祖母が導いてくれるかのように
    すんなりと福島に帰れて。

    お昼には、祖母に会えました。
    幸せな夢を見ているかのような、綺麗な表情でした。

    自宅葬でも、親戚や親戚の知り合いや 仕事関係の人でごった返していて。

    でも、明日は父の兄弟たちと孫も近くの人のみ・・
    (それでも、ちょっと多いんですが)
    身内だけで、温かく心を込めて臨みたいです

    今日は、半日 父の実家でお手伝い。

    父の兄弟たちからの立派なお花が飾られた後

    伯母が育てた たくさんのお花を
    私が半日かけて(手際が悪いけど、その分たっぷり心を込めてきました)家のあちこちに飾ってきました

    立派なお花の足元にも及びませんが、伯母には
    「手作りは温かみがあっていい」と言われました

    明日は、和やかにみんな笑顔で祖母の思い出話をたくさんしてきたいです。

  8. 和尚 のコメント:

    ゆあんさま
    不思議なこともあるんですね
    たくさんのお徳をつまれた素敵なおばあちゃん
    だったんですね。

    不思議なもので7回忌たっても、いろいろな
    ことが思い出されるでしょう。
    生きている時よりも、心の距離が近く確かな
    ものになっているように思います。

    日頃の生け花の成果ですね

    皆さんで、いろいろな準備が「できる」という
    ことが、見えないお徳をたくさん、積んで
    おられるのでしょうね

  9. ゆあん のコメント:

    花嫁姿
    無事に供養が終わって、ほっとしました

    冷え込むと天気予報で言っていたのに、快晴
    ぽかぽか日和。
    きっと、祖母のおかげですね。

    今日は、祖母の花嫁姿の写真を初めて見ました

    伯父のうちの一人が、たった一枚の写真を持っていたのを思い出し、写真屋さんで傷んだ写真を修整して頂き
    全員分プリントしてきてくれました

    親戚が多くて、イトコ(20人位)も多くて
    私は、下から数えてすぐの孫なので
    生きていて時は、とっても尊敬していて
    「おばあちゃん」と言いたくても
    照れくさくて「おばあさん」としか言えなくて

    一緒に生活しているいとこ達や、小さい頃に
    祖母に育てられたいとこ達が「ばあちゃん」と言っているのが羨ましくて。

    地元を離れてからは、いつも帰省すると まずは
    父の実家で、ご先祖様にお線香をあげ
    祖母に帰省の報告をしました。
    「あんまり頑張りすぎちゃ、だめだよ」といつも言ってくれました。

    亡くなって、時間がたって やっと「おばあちゃん」
    と言えるようになりました

    今日は、読経の間ずっと祖母の事を思い出し、

    みんなで仲良くお墓参りをして

    父達の子供の頃の祖母の話や、私の小さい頃の話。
    祖母の生い立ちの話。
    たくさんのお話を聞けて、とても嬉しかったです

    みんなの心の祖母は、笑顔が素敵でお話上手。
    才色兼備で、やっぱり尊敬するべき人柄です

    私も、歳をとったら自分のおばあちゃんのような
    おばあちゃんになりたいです

  10. 和尚 のコメント:

    ゆあんさま
    お疲れさまでした。とても素敵なご供養でしたね。

    花嫁姿の写真なんてスゴイ~~。
    今は写真の技術が進歩しているので、色あせた
    写真のそれなりに修正できてプリントできます。

    おばあちゃんの知らないこともわかって
    良かったですね。お経を読むだけではなくて
    亡くなった方のことを代々伝えていくという
    ことも大切なことです。

    そして人生の最終目標は、カワイイおじいさんと
    カワイイおばあさんになると・・・?

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