大師講のおはなし



11月、日本各地で「大師講」という年中行事が行われます。

真言宗では、大師講といえば毎月の弘法大師様の法会、あるいは奉賛の講社のことになりますが、
民間行事としての大師講は少々意味が異なります。

旧暦11月の23日、つまり冬至の晩に小豆粥や団子を食べ、お大師さまにお供えする
というのがこの行事の風習。

冬至の夜には村々にお大師さまがやってくると信じられていたのですが、ここでいう
「お大師さま」とは弘法大師に限らず、天台宗の智者大師や、角大師としても有名な元三大師、
あるいはダイシがタイシと勘違い(?)されたためか聖徳太子のことだとされることもありました。

関東あたりにはさらに不思議な、
「お大師さまは一本足の神様で、歩くとひとつだけの足跡がついてしまう。それで、その足跡を
隠すために雪を降らせる。だから冬至の晩には大雪になるのだ」
という言い伝えも残されていました。

こうなるともう弘法大師とは程遠い姿かたちなのですが、そんな矛盾をあまり気にしない
おおらかさが、むかしの素朴な信仰心というものだったのかもしれません。

冬至のお大師さまが降らせる雪を「あと隠しの雪」というのですが、
実は弘法大師にもおなじ「あと隠しの雪」の伝説があります。

そのむかし、各地を修行してまわっていた弘法大師が、とある貧しい家に一夜の宿を
求めました。住んでいたのはおばあさん一人だけ。

自分の食べる分だけで精一杯なおばあさんは、お咎めを受けるのを覚悟で隣家の畑に
忍び込み、こっそり抜いてきた大根で突然のお客人をもてなします。

畑からおばあさんの家まではっきりと足跡が残り、言い逃れはできません。
どんな罪でも受けよう、と心を決めていたおばあさんでしたが、

翌朝になってびっくり。

なんと一晩で雪が降り積もり、見渡す限りの銀世界になっていたのです。
あの足跡はすっかり雪に覆われ、見つかることはありませんでした。

この雪は、おばあさんの心に打たれた弘法大師が、足跡を隠すためにその法力で
降らせたものだったのです。

善悪とは何か、罪とは何なのか。いろいろと考えさせられるお話です。

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