戦没供養その7 「ご供養」


いろいろな都合で最後の出発日になってしまいましたが、
戦没者の慰霊供養をおこないました。

海に向かってというステキな方法もありましたが、「心をこめる」
という気持ち的には、自然のグランドはあまりにも広すぎます。

やはりお墓というか記念碑のようなものがあった方が、和尚的には
良かったので、この場所で行うことになりました。

現地でお願いしてあったお供物、お供花をお供えして、供養をお願い
されたおばあちゃんのご主人、チューク島で命を終えてしまった、
すべての御尊霊に供養の誠をささげました。

普段は地権者のリンダさんが守られているとか・・・。

終わって「報国隊戦没者之碑」の前でご供養。

当時の横浜刑務所からの囚人3000人による強制労働によって、
この島の滑走路などが建設されたとか・・・。

指示に従わない者は、裸にされ木に結わかれ、帰還時の生存者は
わずか280人だったそうです。

チューク島に限らず、このミクロネシア一帯には、今でも第二次世界
大戦の日本の足跡が残っています。

当時の人たちが、どんな気持ちで日本を遠く離れたところに来ていたのか?

そこで何をしていたのか?いろいろと南十字星を見ながら考えさせられ
ました。

2日間仲良くしてもらった黒猫チャンに別れを告げて空港へ向かいましたが
飛行機の故障で、何もないローカル空港で8時間待ち・・・。

グアムについたのが夜中の3時・・・。夜中とはいえ明るい~~。
今回のチューク島で心の中にも灯りがともり、「光明」て良いですね

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