僧侶の試験



今年は雪が多いですね。
1月のセンター試験のい日もちょうど大雪でした。
受験生のみなさんは大丈夫だったでしょうか?

センターの日、不思議と雪になることが多い気がします。なんの因果か…。
試験ですから当然受かることもあれば、そうでないこともあります。
受かればもちろん嬉しいことですが、失敗したからといってそれで
一生が決まるわけでもありません。長い人生、いろいろあるものです。

試験といえば、意外かもしれませんがお坊さんの世界にも試験はあります。
とくに、仏教が国家と結びついていた律令制の時代には、僧侶はいまでいう
国家資格のようなもので、僧侶になるには官の許しが必要でした。

このルールに従って僧侶になったものを、官の得度ということで「官度」と
いい、そうでないものは「私度」といいました。

なぜこんなことをしたかというと、僧侶、尼僧は、農作や肉体労働をしない
ある意味では特殊な立場だったので、勝手に我も我もと出家してしまうと
国家としては困るわけです。
ということで、国家は出家を許可制にして僧侶になる人数を管理しようとしました。

とはいえ、仏教は宗教ですから、仏の道に入りたい!という気持ちを権力者が
押さえつけ続けることはできません。
僧侶を目指し、私度僧はいくら禁止しても数多く生まれていました。

また、朝廷が官度の制度をつくったのは、日本に仏教が伝わったあとのことで
すから、制度以前から仏教の修行に励んでいるものもたくさんいました。
修験道の開祖としてひろく信仰されている役行者もそうした仏教者のひとりです。

当時の朝廷は役行者を「呪術で人心を惑わすくせ者」として処罰(島流しなど)した
こともありますが、行者は囚われの身分などなんのその、自在に空をとんで方々を
行き来した、といいます。

役行者のことを役優婆塞(えんのうばそく)ということもありますが、この「優婆塞」と
いうのは在家で仏教を信仰している男性のことで、当時の日本では私度僧と同じような
意味で捉えられていたのかもしれません。

ちなみに女性の在家信者の場合は「優婆夷(うばい)」といいます。

1300年前の僧侶試験はこうしたものでしたが、現代の僧侶にも試験はあります。

いや、試験…といっていいのか、宗派によっても違いますが、志を立てて仏門に入ったら、
教えを学び、修行を経て、もちろん試験のようなものもあり、最後は阿闍梨さまから
「僧侶となってよい」という認めをいただいて、はじめて僧籍が得られることになるわけです。

といっても僧籍の取得はあくまでスタートライン。ここから僧侶としての一生の修行、
試験がはじまるのですが、これはどんな職種、業界でも同じことですね。

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