カボチャの煮物と日本と世界



毎日、びっくりするほどのスピードで日没が早まっていくように感じられます。
一年でもっとも昼が短くなる「冬至」は12月の下旬ですから、まだ1ヶ月ほどはこれが
続きますね。

冬至をすぎれば、こんどは1日ずつ日が長くなっていく、一陽来復。
暗いときがあれば、必ず日の射すときがやってきます。

西洋の時間感覚が「過去から未来へ」という一方向的なものであるのに対して、
インドや東洋の伝統的な感覚は循環的である、ともいわれます。

春が来て夏になり、秋になって冬が訪れるけれどやがて再び春が来るという、
円を描いて回っているような感覚ですね。
どちらが良い悪いというものではないですが、進め進め!走れ走れ!という近代的価値観に、
人類や地球がついていけなくなっているのではと思われるようなことも散見される昨今。

いまいちど東洋的時間感覚を見直すことにも意味があるのかもしれません。

さて、冬至といえばカボチャの煮物。
冬至に「ん」のつくものを食べると運がついて縁起がよいとする風習は以前にも紹介しましたが
(カボチャは関西弁で「南京」というので「ん」がつくわけです)、冬至にカボチャを食べる風習は
いつ頃からはじまったのか?

実はカボチャの原産地は中南米で、16世紀、大航海時代にヨーロッパ人がアメリカ大陸から持ち帰って
世界に広められた植物です。

カボチャの語源は「カンボジア」で、カボチャが東南アジア経由で日本に入ってきたことから
そのように呼ばれるようになったといわれます。
また関西弁で「南京」や「唐茄子」というのもまさに、カボチャが海の向こうから渡ってきたことを
示しているもの。

中南米のインディオが食べていたものをヨーロッパ人が持ち帰り、東南アジアや中国を経て日本にやってきて
冬至の伝統料理になった。

最近「日本の伝統」を声高に主張する向きもみられますが、カボチャの煮物をみればわかるように、
「日本の伝統」の背景には、日本人だけではない多くの先人たちがいるのです。

伝統を見直すことはたいへんよいことですが、それが他国を見下したり、他文化を排斥したりすることにならない
よう、気を付けたいものですね。

仏さまは、「仏教が素晴らしいから他者を打倒せよ!」なんて絶対におっしゃいませんから。

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